今年32歳になるみなさんへ(そうでない方もどうぞ)
2008年、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて私は、帰省し年明けに厄払いと同級会を兼ねた会に参加してきました。
女性の厄年は数え年で19歳、33歳、37歳(ちなみに男性は25歳、42歳、61歳)になります。
個人的には厄というか、予想不能かつ自分の能力・体力では対応しきれない出来事が、20代の終わりに集中していたので勝手に厄年は通り過ぎた、と解釈しているのですが、自営で仕事をしているので何かと縁起がらみの物事は気になります(笑)。
私は、厄年というのは、「責任」のリマインドと捉えています。
ここでいう「責任」とは、「自分で種を蒔いて自分で刈り取ること」「すべて自分に跳ね返ってくる」時の「自分に跳ね返ってくる何か」、くらいの意味です。
たとえば、数え年33歳(満年齢32歳)前後というのは女性であれ男性であれ、各場面において、責任を自覚してやってますか?と自問したり、「責任の精算」をする出来事が起こる最初の年代なのでしょう。精算、というと良くない響きがしますが、良く(家族が増える、仕事で責任のあるポジションに就くなど)も悪く(親や自分が病気をしたり、自分のキャリアに迷うなど)もアクションを起こさざるを得なくなる、ということです。
そしてさすがに三十路は子供ではないので、何か不都合な事が起きて、誰かのせいにしようとしても、それは格好悪い以前に不可能に近いケースが殆どだったりします。気が重い。でもみんなやってきた。ううむ。
矛先を変えて新年にひとつ、提案します。
責任ばかりに目がいくと、思考も行動も堅くなりがちでしょう。なので、自分の持っている自由も、責任と同じくらいに把握し、駆使してみてはどうでしょうか。
昔、「職業選択の自由」というコピーがありました(…時代ですねえ)が、自由にはそれ自体が「選択できる状態」という性質があります。仕事や、ライフスタイル、話し言葉、書き言葉、着る服、食べ物…など。
目の前にあるものや、自分の持ち物は自分が選んだんだ、と自覚をして、もし選ばされたと感じたり、しっくりこなければ、選択し直せばいい。
何も不都合に思える人間関係を断ち切ったり、髪を金に染めたり、放浪するなど極端な事をせずとも、多少のアレンジで腑に落ちるかもしれません。自分がしっくりくること、主体性を自覚できることが大事です。
コツとなる考え方としては、大抵の物事には、「ここまでは決め打ち」な領域と「ここまでは自由」という領域があるということです。
自由を自覚することは、決め打ちと自由との両者の配分を把握し、「ここまでは自由」のエリアで自分は何をするか?を考えることではないでしょうか。
規則があっても、ここまでなら許される、ということはあるでしょう(中高生で、スカートを校則ギリギリの長さにしておき、普段は捲っているけど、風紀検査の時は下ろす、みたいなズルではなく)。
目に見える範囲で、どうしてもその格好じゃなきゃ、その言い回しじゃなきゃ駄目、であっても、考え方や物事の接し方をアレンジする自由くらいは残されていませんか。仕事においても、プロジェクト内の政治と自分の出来るネゴシエーション、レギュレーション(規則)とクリエイティビティ、メンバーのキャラクターと彼らとのコミュニケーションといった対立項で、自分が100%何もできない、ということは滅多にないはずです。
そう考えれば、奇跡なんて起こらなくとも、いきなり窮地を切り抜けるヒントがひらめかなくとも、災難を決めつけていたいくつかの物事は、クリアしがいのある課題に変化するのかなと思います。