このブログは2007年10月14日に開設しました。
一度他社のブログサービス上で書いた記事を、再録する作業を行っています。
ですので、過去の(2006年後半〜2007年前半)日付の記事が、徐々に追加されていく予定です。
考えが詰められていない点や、記述が古びている箇所もあるかと思いますが、どうぞご了承ねがいます。
仕事をしていく上で、持久力もスタミナも大事だけど(結局それでやってのけるものだ)、
結構、恒常性を見落としがちかなぁと思いました。
恒常性とは、生き物の生理状態を、一定に保つ性質のことですけど、
仕事しいては人生においては、「何かあってもいつもの調子でやってけるようにしてること」と
捉えています。
最近転居をして、身体が環境に追いついていなのか、疲れが出やすいのですけど、
締め切りが迫って自分を責めるより、恒常性を信じてやれること・やることを進めていこうと思いました。
昨日はセミナーイベントでした。
懇親会さらには3次会まで参加し、Web制作者の方々と濃い時間を過ごしました。
インプットそのものの印象がとても強かったので、今朝は家事をこなしながら取り止めもなく考えては消え、の繰り返し。
やはりお酒が進んでしまったので、「何気ない言葉や仕草で人を傷つけたんじゃないか」などと回想してしまいました(苦笑)。
私の話が続きますが、学生の頃より「考え過ぎ」と指摘されていました。
「気にしすぎ」や「杞憂」の類ではなく、アウトプットを前提とした思慮だったり、戦略を練るのだったら、「考え過ぎ」も役には立つでしょう。
ディレクションやプロジェクト管理といった仕事は知的労働の一形態なので、「考え過ぎ」の中身は後者になります。ならないと周囲が困ります。
(私が新米ディレクターの頃は「気にしすぎ」や「杞憂」ばかりでした)
誰かが私を「君は考え過ぎだよ」と苦笑いで指摘する際、考え過ぎている私の意識はme方向(私自身へ向かっている)で、アウトプットを生み出すために考えまくる人の意識はus方向(本人と関わる人々へ向かっている)です。
※me方向もus方向も仮にそう呼んでみました。
まあ、プライベートな場でも、後で一人になったときに意識が「me方向」にならないように軽くブレーキを踏んでおきなさいということです。
さておき、私は考えるのが苦ではありません。むしろ好きというかつきまとってきます。
なぜか。
無意識のうちに、考えるという行為が、手ぶらでも・どこでもできる便利なものと捉えているからなのだと思います。
便利…そう、コンビニ(convenience storeは便利という意味の単語convenienceから来てる)みたいに、便利なものイコール本当にその人にとっていいのか、判らない。
かといって、人が便利と思ってとっている行動に対して「やめなさい」と止められるのは抵抗があります。
ただ言えるのは、考える環境やマインドセット(上記の意識の方向)をなるだけ心地よいものにしてあげることです。
もし考えごとが多い方や、仕事で考えことに多く時間を割く方がいれば、考えている時の意識の向きを把握して、環境作りをしてみるといいと思います。
たとえば、メモの習慣や付箋紙を持ち歩く、マインドマップの書き方を覚えたり、たくさん本を読む、人によっては昼休みのトイレタイムは呼吸を整えるとか、バランスボールで身体を鍛えるというもまで含まれるでしょう。
職業意識がある人は誰でも、実践的かつ実利的な「工夫」の経験もあるので、そう難しくないと思います。