twitterで友人とチャット状態になったので、メモとして書き残します。
わからないこと
経験がないこと
できないこと
と、
自分の価値そのものや、自分が価値を生み出せるかどうかということ
は、一本の線でつながらないと思います。
常識(どこの?…組織とか、コミュニティとか、自分のいる世界の。)や、
自分の思いこみが「わからないからだめだ、実績がないからヘタレだ」と、つないでしまっているに過ぎない。
こういった錯覚は、私自身も、ときに陥る。
自分の頭をポカポカと叩いているのとはまた別に、タスクの消化や納品、といったラインが走っている。
何本も走っている。
自分を疑ったり否定することと、タスクを消化すること、コミットを果たすのは、これまた一本の線ではつながらない。
プロジェクトは無機質で、それゆえにときに優しかったり冷酷であるけれど、
それをこなす「人」は、苦しんだり立ち止まったりする。
苦しい錯覚に陥ったら、遠回りのようでも、
自分が価値を生み出せるということを思い返すこと
自分のプレイに集中すること
を試みるほか、ないと思います。
勉強とかは二の次で。
あとは自分自身や、できるもの、わかる人、技術そのものに対するリスペクトが薄い状態だと、苦しみやすいんだろうなあ。
先ほどの記事で、日頃(いや、日頃というほど頻繁ではないのですが)私が自分の仕事である「Webディレクター」は何をやっている人なのか、また、「Web検定」で(2007年現在)触れられているWebディレクターの定義について紹介しました。
『ウェブの仕事力が上がる標準ガイドブック 3 Webディレクション』によれば
Webディレクター
《大 きく分かれて2つの役割がある。1つはプロジェクト計画からコンテンツオーナーや発注者の要望をブレイクダウンし、制作作業が進められるよう設計書や仕様 書にまとめ、関係者間で認識をすり合わせ、調整する役割。もう一つは、設計書や仕様書をベースにデザイナーやコーダーに作業指示を出してアウトプットを入 手し、コンテンツオーナーに対してデザイン案や個別ページの確認を依頼、必要な調整を行って完成させていくという制作進行管理の仕事
である。》
※第二章「リソース管理」にある「デザイン開発における主要なプロジェクトメンバーの役割」の項に書かれた「ディレクター」の定義。
上記をフレーズごとに、私の理解や実務の場面での言葉(会話)を使って説明してみます。
その前に…はじめにお伝えしておきます。
・この記事の主な目的は「Webディレクターってなんだろう?」と思われている方たちへの説明。
つまり、読み手はWebディレクターを知らない老若男女および何かWebの仕事をしたいと思っている人、せざるをえなくなった人をターゲットにしています。
・Webディレクターの数、ないしWebディレクターの在籍する会社の数だけ、仕事ぶりもそれぞれです。
・会話例がある場合、実際はオトナ語で話され更に固有名詞(人名・会社名・サービス名)が加わります。
では、説明をはじめます。
1つはプロジェクト計画からコンテンツオーナーや発注者の要望をブレイクダウンし、
プロジェクト…期間や目的が限定されているお仕事。限定というのは永久に続くのではないという意味。
「A社のWebサイトを新しくする」「B社のWebサイトの管理が面倒なので何とかする」
プロジェクト計画は、「A社のWebサイトを新しくする」にはどうするか?について、リソース(資源。つまり働く人・コンテンツ・お金・時間…など)を考慮にいれて、計画をたてることそのもの、ないし計画の中身。
コンテンツオーナー…コンテンツの「ヌシ」。
コンテンツとは、ミクロな意味で言うと、情報を含んでいる何か。文字や図絵、映像、音声のそれぞれないしいくつか組み合わせたもの。
Webサイトをつくる上でのコンテンツは、あるジャンルやカテゴリーに属した情報のまとまり。スーパーマーケットに喩えるなら精肉コーナー、青果コーナー。会社のWebサイトにあてはめると、だいたいの会社のWebサイトには採用情報、サービス案内、本社へのアクセス…といった「コーナー的なもの」がいくつかあり、その裏にはA社に誰か担当の社員さんがいて、ああしてこうしてと指示したり、一家言もっている。
発注者の要望…「Webサイトをつくって」ないし「つくりかえて」、「コンテンツを追加して」などとお願いすること。できあがったものを「もっとこうして」「こんなんじゃお話しになりませんのでなんとかしてください」とフィードナックするのも要望のうち。
発注者は、厳密には書類レベルでの発注する人間と、受注者に対し電話やメール、打ち合わせで依頼をかける人間にわけられ、両者は必ずしも同じ人ではない。
ブレイクダウン…かみくだくこと。伝え手の言葉に5W1H+伝え手と受け手の両方がほぼ同じイメージをもてるような例示を加えること。
発注者の要望
「もうすぐバレンタインだから、TOPページにバナーつけてよ。ばーんと派手に!」
↓
ブレイクダウンした結果(例です)
「1月XX日より2月XX日まで、TOPページの「おしらせ」コーナーにバナーを設置。写真画像はA社のバレンタイン商品を使用、サイズは縦○○ピクセル、幅○○ピクセル。Flashやgifアニメーションは使用しない。デザインは文字のフォント、トーンは現状のサイトのイメージを踏襲しつつ、赤とハートを多めに使用し、2パターンを用意する。20代OLの興味をひきたてるものとする。A社担当者への一回目のデザイン案提出は1月XX日。」
日本語は曖昧な言語で、かつ日本文化の中で大人になった私たちは「言えば判るよね」という暗黙の了解が多い。以心伝心なフィーリングは貴重な感性であるが、Web制作においては、目に見えるもの(Webコンテンツ、Webサイト)を前提に仕事が発生しているので、二つ返事で仕事をしてしまうと、解釈の違いが生じ、出来上がってから「なんじゃこりゃー」となることが多い。
仕事の現場が日本語圏であっても英語圏であっても、伝え手と受け手は別の人間なので、頭の中に思い描いているものを一致させるように具体化していく。人はそれをコミュニケーションと呼びます。
ここでのWebディレクターの役割は、伝え手(発注者)の言いたいことを具体化すると共に、それが実現する(パソコンや携帯電話の画面に目に見える形にする)ための「なぜ・いつ・どこで・誰が・何を・どうやって」を明確にしてあげ、了解を得ること。
制作作業…上記の例でいうと、「ばーんと派手!」なバナーを目に見える形にすること(絵を描いたり文字を選んだり配色を考えたり、コピーを書くことなど)、そして掲載する先であるTOPページに載せるように加工すること。制作作業が進められるよう設計書や仕様 書にまとめ、関係者間で認識をすり合わせ、調整する役割。
大雑把に言えば、世の中に頼まれたものを具現化・可視化する作業です。
設計書や仕様書にまとめ…Webというものは、「餃子ください」と頼んで十数分後に焼かれた餃子が出てくるような、頼めば出てくるものではないのです。なにかと決めごとが多い。餃子だけを作っているわけでもなく、お金もそれなりにかかりますし、関わる人も複数になり、そう失敗はできない。
上記の「制作作業」をする制作者に「派手なバナーを」と頼めば、発注者本人かその知人でない限り、曖昧すぎて不安になります。ですので、建物で言えば設計書、料理で言えばレシピを用意して、制作ができるように準備をします。
文書は発注者の要望を聞き取り、ブレイクダウンした人がまとめるのが効率的なので、ディレクターが設計書や仕様書とよばれる資料に落とし込むケースが多いです。
Webサイトの質と、発注者と受注者のコミュニケーションの質を保つために、設計書や仕様書といった文書は存在します。
「決めごと」を文書にするメリットとしては、次の項目にも関連しますが、文書が存在しない時にくらべて発注者とのコミュニケーションもスムーズですし、継続して同じ制作者に依頼する際も、前に作った文書をもとに検討したり、改善することができること。トラブルを避けたり、予想外にお金や時間がかかるのを防ぐ役目もあります。
(資料は話し合いのベースになるので別名「叩き台」とも呼ばれます)
関係者間で認識をすり合わせ、調整する役割…餃子屋さんで餃子を頼む際もそうなのですが、オーダーしたら店員さんが確認しますよね。Web制作の場面でも、確認をとります。
大抵、確認をとるといっても一発OKではありません。「すり合わせ」と「調整」の結果、制作がスタートします。
ディレクターのアクションとしては、上記の参考文献に言及されていませんでしたが、まず打ち合わせを設定します。発注者から打ち合わせの日程を指定された場合も、行けるかどうかの返事をしたり、打ち合わせで何を話すかの議題を予告したり、資料を揃えます。これが案外、時間のかかるものです。
すり合わせというのは、制作者の「あなたの要望をブレイクダウンしてまとめたけど、こういうやりかたで進めてOKですか?」と確認をとり、それに対し
発注者に「うん」とか「いやーそうじゃなくて…」などと返事をもらい、確認をとりながらどういう考えを持っているのか、聞き出します。
一発OKでない場合や、さらなる要望が出た場合、「いやーそうじゃなくて…」ですとか「なんか違う」「それって時間かかりすぎじゃないの」「今はやりのB社っぽくできないの?」といった返答をもらった場合は、調整します。
調整は打ち合わせのその場で出来ることと、宿題として持ち帰り、(早いうちに)済ませるものの2種類があります。発注者に対し更に質問をしたり、時間がかからないようにするにはどうしたらいいか考えて提案したり、B社っぽいテイストかつA社らしさのあるバナーができないか、デザイナーさんに相談したり。
「いややはり難しいです」と要求を断ったり、妥協案を出すのも調整のうちです。
制作の前段階までの説明で、かなり字数を割いてしまいました。「その3」で「もう一つは…」以降の作業について述べたいと思います。
私は、公の場で自分を紹介する時、ないし人を通じ紹介していただく際に「Webディレクター」という職業名を用いたり、用いられたりしています。
テレビ番組のディレクター、CMディレクターであれば、会議室に詰めて企画を練っていそうとか、撮影スタジオで仕切ったりしている人なのかなと想像してもらいやすいのでしょう(テレビやCMのディレクターさん、私もイメージで語ってごめんなさい)。
でも、Webディレクターって。
判りづらいですよね。いや、「づらい」どころではなく謎の仕事でしょう。
実際に、Web制作関係者の集まりでなければ、ほぼ100%「何やってるの?」と訊かれます。
私は
「ホー
ムページを作るときに、いまは一人で全部請け負うってなかなか難しいんですよ。いろいろ難しくて複雑なのと、みなさん忙しいですから。そこで、何人もの人
でつくろうって時に、ページ作ってと頼む方のお話しをまとめあげて、一方でページ作りたい・作れるって人のできること、こういう風につくるけどどうする?
という話もまとめて、いったりきたりしながら、ホームページできるように進めていく役割をやってます。でも話をまとめてるだけじゃ、ホームページは完成し
ませんから、依頼する人に素材くださいとか、つくる人にページできてますか?などとお尻を叩いたりします」
…などと返答しています。
会話レベルではこのボリュームでお腹いっぱい過ぎるくらいです。
大前提として受発注が存在するのだけど、そこは会話なので割愛します。
大抵は上記の返答も半分くらいで相手から別の質問や感想がきて、それに返答して…。
なかには、「で、結局なんの仕事なのか判らないけど」という言葉をもらうこともあります(笑)。
どう言えば、ひとことで理解していただけるのでしょう。誰か知っている人がいたら教えてください。
以前は「Webをつくっていく上での、現場監督です」と自己紹介状に書いたこともあります。
もっとも、先方のWebサイトについてヒアリングを行い、私がその会社の社員だったらどういう役割をするか、説明をおこなった上でのことでしたが。
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ところで、社団法人 全日本能率連盟の登録資格に「Web検定(ウェブケン)」というものがあります。
Webに関する知識や経験を計る共通のモノサシ(検定)を設けることで、就職や転職に役立てたり、Webに関わるビジネスパーソンの間でコミュニケーションロスを減らす効果を狙うものだそうです。
そのWeb検定のテキストでもあり、Webにまつわる業務知識を解説した『ウェブの仕事力が上がる 標準ガイドブック』シリーズで、リテラシー、デザイン、ディレクション、プロデュース、プログラミングの5冊で構成されています(プログラミングのみ未発売)。
シリーズのうち『Webディレクション』『Webプロデュース』から、Webディレクターのほか、Web制作関係者の中でも混同しやすい職種名について調べてみました。
※《》内は引用
Webディレクター
《大
きく分かれて2つの役割がある。1つはプロジェクト計画からコンテンツオーナーや発注者の要望をブレイクダウンし、制作作業が進められるよう設計書や仕様
書にまとめ、関係者間で認識をすり合わせ、調整する役割。もう一つは、設計書や仕様書をベースにデザイナーやコーダーに作業指示を出してアウトプットを入
手し、コンテンツオーナーに対してデザイン案や個別ページの確認を依頼、必要な調整を行って完成させていくという制作進行管理の仕事
である。》
コンテンツオーナー
《営業部門や商品開発部門など、コンテンツの情報ソースを保有し、Webサイトを運営することでのメリットを享受する担当部門を指す。》
Webマスター
《企業のWebサイトの運営における最終責任者である。Webサイトの構築/運営を制作会社などに発注するプロジェクトマネージャー(PM)が兼任しているケースや、上位のマネジメントのみが特化して単独で行うケースなど、その職務は様々である。》
Webプロデューサー
《(コンテンツビジネスにおける正しい定義としては)ビジネスの成功に責任を持つ者》
《Webを用いたビジネスとしての成功に責任を持つ者》
…難しく言うと、かつ現場の人間向けの語彙を用いていうと、そういうことらしいです。
書き写していて肩が凝りました。
なので、会話ベースで、Webディレクターさんがどのような仕事をしているのか、次回の記事で紹介したいと思います。
(Webディレクターの数、ないしWebディレクターの在籍する会社の数だけ、仕事ぶりもそれぞれなのですが)
2008年、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて私は、帰省し年明けに厄払いと同級会を兼ねた会に参加してきました。
女性の厄年は数え年で19歳、33歳、37歳(ちなみに男性は25歳、42歳、61歳)になります。
個人的には厄というか、予想不能かつ自分の能力・体力では対応しきれない出来事が、20代の終わりに集中していたので勝手に厄年は通り過ぎた、と解釈しているのですが、自営で仕事をしているので何かと縁起がらみの物事は気になります(笑)。
私は、厄年というのは、「責任」のリマインドと捉えています。
ここでいう「責任」とは、「自分で種を蒔いて自分で刈り取ること」「すべて自分に跳ね返ってくる」時の「自分に跳ね返ってくる何か」、くらいの意味です。
たとえば、数え年33歳(満年齢32歳)前後というのは女性であれ男性であれ、各場面において、責任を自覚してやってますか?と自問したり、「責任の精算」をする出来事が起こる最初の年代なのでしょう。精算、というと良くない響きがしますが、良く(家族が増える、仕事で責任のあるポジションに就くなど)も悪く(親や自分が病気をしたり、自分のキャリアに迷うなど)もアクションを起こさざるを得なくなる、ということです。
そしてさすがに三十路は子供ではないので、何か不都合な事が起きて、誰かのせいにしようとしても、それは格好悪い以前に不可能に近いケースが殆どだったりします。気が重い。でもみんなやってきた。ううむ。
矛先を変えて新年にひとつ、提案します。
責任ばかりに目がいくと、思考も行動も堅くなりがちでしょう。なので、自分の持っている自由も、責任と同じくらいに把握し、駆使してみてはどうでしょうか。
昔、「職業選択の自由」というコピーがありました(…時代ですねえ)が、自由にはそれ自体が「選択できる状態」という性質があります。仕事や、ライフスタイル、話し言葉、書き言葉、着る服、食べ物…など。
目の前にあるものや、自分の持ち物は自分が選んだんだ、と自覚をして、もし選ばされたと感じたり、しっくりこなければ、選択し直せばいい。
何も不都合に思える人間関係を断ち切ったり、髪を金に染めたり、放浪するなど極端な事をせずとも、多少のアレンジで腑に落ちるかもしれません。自分がしっくりくること、主体性を自覚できることが大事です。
コツとなる考え方としては、大抵の物事には、「ここまでは決め打ち」な領域と「ここまでは自由」という領域があるということです。
自由を自覚することは、決め打ちと自由との両者の配分を把握し、「ここまでは自由」のエリアで自分は何をするか?を考えることではないでしょうか。
規則があっても、ここまでなら許される、ということはあるでしょう(中高生で、スカートを校則ギリギリの長さにしておき、普段は捲っているけど、風紀検査の時は下ろす、みたいなズルではなく)。
目に見える範囲で、どうしてもその格好じゃなきゃ、その言い回しじゃなきゃ駄目、であっても、考え方や物事の接し方をアレンジする自由くらいは残されていませんか。仕事においても、プロジェクト内の政治と自分の出来るネゴシエーション、レギュレーション(規則)とクリエイティビティ、メンバーのキャラクターと彼らとのコミュニケーションといった対立項で、自分が100%何もできない、ということは滅多にないはずです。
そう考えれば、奇跡なんて起こらなくとも、いきなり窮地を切り抜けるヒントがひらめかなくとも、災難を決めつけていたいくつかの物事は、クリアしがいのある課題に変化するのかなと思います。