私は読書好き、ですとか、活字中毒というより、本という物質そのものが好きなようです。
子供の頃、うちにはファミコンがありませんでした。学習塾へも通いませんでした。
児童の数の少ない地域だったのもあり、そう毎日同じクラスメイトと遊ぶわけにもいかないので、放課後から夕食までの間の過ごし方は、主にお絵かき、アニメの再放送を観る、そして子供向けの百科事典や親に買ってもらった本を読むことでした。
決して本の多くない家でしたが、本によって紙質、におい、フォントなどがこんなに違うのかとおどろき、「家庭の医学」まで引っ張り出して眺めていました。読めない漢字があっても構わず、ただ本に触れていたかったのでした。
とはいえ、そのおかげで高校時代以降(市街地の学校だったので、大きな本屋に通えるようになった)、本屋へしょっちゅう立ち寄りますし、いったん中へ入ると数冊買ってしまう癖があるので、買った本はきちんと読みたい。
どうやら私は文章を食べ物や食べることに喩える癖がありますが、オーダーした料理(=買った本)を絶対残すな(=読み半端なままで処分しないとか、積ん読のままにしない)、とまで言わなくても、味を確かめ(=読了し、印象を頭に刻みつける)たいのです。
私が、どんな時に本を読み進めることが出来なくなるか、「読書の時間がとれない」以外に挙げてみると、
・眠いなど、体調的な理由
・内容に飽きてしまった
・書かれている内容に抵抗を覚えてしまう
・印刷や書体が、どうもとっつきにくい
・他の考え事があって、目が活字を追えない
といったものがあります。
最初の2つはいったん諦めるとして(それでもなるだけ処分しないようにします)、次の2つは読書力がついたり書かれているジャンルに興味が向けば読むのを再開するでしょう。
最後の、読書に費やせる時間はあっても頭の中が整理できていない場合(これが結構多いんです…)について、
最近私は、本の傍らにペンとメモ紙を置くことにしました。
頭の中で発生したノイズを、書き出すのです。
書き出すことは、なんだって構いません。
「おなかがすいた」「あーやってられない」「うっとうしい」「XXの返事のメール、いつ書こうか?」…などなど。
ノイズを書きだすことへの抵抗を捨て、書き出したノイズたちに否定的な気持ちを持つのを止め、ふっと浮かんだらペンを走らせて、再び本に目を落とします。
ログを残して観察する性質ではありませんので、メモ帳ではなくて、メモ紙でいいと思います。要らないレシートの裏とか。
書いた紙は、読書を中断するときに、くしゃっと捨てても構いません。
抱えているタスクや、頭の中にある考え全てを全部紙に書き出すワークもある(GTDの「収集」作業など)のですが、ノイズを書き出すのはあくまで頭をスッキリさせて読み進めるためにします。
GTD的にまとめてガーっと書き切りたいなら、作業をそちらに切り替えてもいいでしょう(GTDの「収集作業」は定期に行うものですが)。
デメリットは移動中などに実行出来ないことでしょうか。
ケータイのメール作成などで打ち込むのは、手書きとは気分が異なると思います。
私のオリジナルの手法ですが(すでに実行されている方もいらっしゃるでしょうか)、
「気分的に集中できない」という理由で読書を避けてしまう方は、試してみてください。
友人の黒野明子さん(以下、ニックネームのcremaさんで表記)が先日、セミナーイベントに出演されたのですが、
私は裏方の裏方(?)に関わらせていただきました。
MT4LP5(イベント公式サイト)
MT4LP5リハーサル覚え書き (cremaさんのブログ)
プレゼン本番の前にプライベートなリハーサルを開く、というのはcremaさんご自身の提案だったのですが、
私はリハーサルのアジェンダと評価方法の提案、あとリハでのファシリテーションを買って出ました。
(リハの進行はcremaさんにお任せし、ちょっとコメントが欲しそうな場面に促したり、
アジェンダを復唱したりといった、さりげないサポートをしてみました)
以下、私がどういう観点でサポートしたかを記しておきます。
その1:アジェンダづくりは「逆算」&「メインのアジェンダ」を念頭に
まず、与えられた時間から、メインのアジェンダを引き算します。
リハーサルは、都内の某所で、普通の会社の営業時間後(夜間帯)に2時間半ほどを確保していました。
2時間半もあれば長丁場に思えます。
cremaさんのプレゼンでの持ち時間は70分程度だそうです。
150分マイナス70分=80分。
私は、「リハーサルを1回通してしまえばあっという間に時間切れだ」と焦りました。
あっという間?
そうなんです。ミーティングには幾種類もの段取りがあり、どれかが欠けると、
参加者に不満が出たり、効率的にフィードバックを得にくくなります。
同じ会社の人間同士の、定例ミーティングであれば遅刻者が出ても、延長しても、勢いや事後のフォローで
なんとかなるでしょう。
今回は有志による企画で、かつリハーサルも1回きりでした。
ですので、発表者にも、参加者にも負荷をかけないアジェンダづくりが至上命題(大げさですが)だと捉えました。
ということで、重要でないように思えて、実は生産性に関わるする要素も引き算に入れていきます。
冒頭の挨拶・自己紹介:20分
(実はここで、若干遅刻する方の到着なども考慮しています)
休憩:15分
締めの挨拶と片付け:5分
計40分。
リハーサル以外に与えられた時間80分マイナス40分=40分!
40分程度で、参加者の講評を集めなくてはいけません。
けれど、挨拶や休憩などの「40分」は短縮せずに、下記のようなアジェンダ案をcremaさんに提出しました。
開始〜開始20分後
主旨と進め方の説明、参加者自己紹介
ほか、飲み物の用意など開始20分後〜開始1時間半後
リハーサル
(70分間若干の延長を想定)開始1時間半後〜開始1時間45分後
休憩開始1時間45分後〜開始2時間25分後
講評開始2時間25分後〜終了時間
締めの挨拶・片付け
その2:情報を「気持ちよく」「取り出しやすく」するツールを用意
こうしてアジェンダを組み立てたら(cremaさんからも了解をいただきました)、参加者の人数、
参加者の職業や立場なども考慮にいれ、講評の形式を検討します。
当初は、参加者は12名程度(cremaさんを除く)を予定していました。
元々の知り合いなので、人数に大きな増減はないと推定します。
すると一人あたりに与えられた講評の時間は3分強です。
さらに、考えすぎの私は、
・声の大きい人のコメントに、みんなが「右に同じ」的なコメントを発言するのではないか
・プレゼンターは、どちらかというと主観的、感覚的な講評を強く記憶し、そればかり気にとめてしまい
テクニカルな部分や細かな要素をケアしそびれるのではないか
・講評時間そのものの時間切れ。メールなどで後追いのフォローも可能ではあるが、
言いたいことが五月雨式だと、再修正の効率性に支障をきたすのではないか
といったことを気にかけました。
参加者のみなさんの名誉のために言いますと、彼らの能力や性格そのものを疑っているわけではありません。
プレゼンを評価する人間はWebのプロであっても、評価の仕方や評価の伝え方についてはプロとは限らないという事実と、
やはり講評の時間に制限があるという2つの制約があることを念頭に置きました。
私のような未熟者が申しあげるのも僭越ですが、参加者のコミュニケーション能力や集中力に依存しない仕組みを
用意しなくてはいけません。
出来るだけ多面的な評価が可能で、プレゼンターの「熱」が冷めた後も、きちんと振り返りのできる方法が望まれます。
結果、私から提案したのは、
参加者を「自由に感想を述べるグループ」と「ある評価軸に沿った採点をする」グループに二分する
評価軸以外の設問を書いたアンケートを配布し、それは参加者全員に記入してもらう
というやり方でした。
自由に感想を述べる場合、「気付いたこと」ベースで、感覚的なことや印象に残ったことを多く語るものです。
評価軸に沿って採点すれば、定性的な要素を、比較的冷静に判断し、端的に評価できます。
参加者の印象オンリーで再修正を促すのでも、採点ベースの無機質な評価に終始するのでもなく、
両者がそれぞれを補えたらな、と考えました。
グループ分けの人選は、参加者を招待したcremaさんご自身にお願いしました。
(グループごとに、こういう資質のある人が適しているだろうというポイントは伝えました)
もちろん、両グループともに、全員が口頭で講評を述べることとし、リハ当日は人の講評を聞いた他の参加者が
感じたことを口に出せるような柔らかい雰囲気づくりにも配慮しました。
その上で時間切れになったこと、口頭では伝えきれなかったが紙に残して読みかえして欲しいものは
アンケートや、個別のメールで吸収するようすれば、のちのプレゼン資料の再修正も楽に、漏れなく対応できます。
そのようなわけで、当日、参加全員にアンケートと、評価をするグループの人には評価用のシートの2枚が
配られました。
たかが紙ペラですが、紙ペラ1枚ないし2枚をきちんと書き込んでもらうために、これだけのことを考え、
設問もcremaさんとメールでやりとりし、配るタイミングまで検討しました。
言い換えれば、発信したい情報、得たい情報を取り出しやすく、かつ気持ちよく取り出すために工夫をこらしました。
結果、どうだったか
私からの提案に、cremaさんは終始快諾してくださり、互いに意見交換をしつつ、リハーサルを迎えました。
(とはいえ、メールのみのやりとりで、往復4回くらいだったと思います)
リハーサル当日は、終始和やかなムードで、私の取り越し苦労だったかなという感じでした(とてもいいことです!)。
また、参加者の意識が高く、それぞれの講評の際に参加者間で軽いブレスト状態にもなりましたが、
それも長引かずに自然と収束していきました。
たくさんの有意義なアイデアが出てきて、多忙なcremaさんご自身があれもこれも対応したりして、
ますます彼女の睡眠時間が削られてしまうのでは…?と懸念してしまったほどです。
リハーサルそのものの時間は、当初の予定より早めに終わりましたが、その分休憩時間を延ばしました。
また、講評が若干長引きましたが、会場サイドから承諾をいただき、約10分程度の延長で終了しました。
cremaさん本人には、リハーサルの締めくくりに「講評を受けて、本番までどうしていきたいか」を発表していただきました。
プレゼンのスライドは、リハーサルでの講評を反映し、さらにcremaさんのデザインセンスやユーモアも
大いに盛り込んだものにブラッシュアップされました。
確認用にリハーサル参加者へ配布されたのをみて、感動し泣きそうになったくらいです(本当に)。
私はあいにく、イベント本番に立ち会えなかったので、リハーサルの成果、そしてプレゼンそのものの
実際は、cremaさんのブログやイベント参加者のブログ、生の声に譲ります。
とまあ、長々となりましたが、プレゼンのリハーサルはニッチなものなので(笑)
会議の設定やWebサイトなどの成果物の評価、ワークショップの企画などにおいて、
なんらかのヒントになればと思います。
昨日、twitterで文章を書く上での文体について知人とpostのやりとりがあったので、ここに私の考えを書きます。
※文章全般にも言える話だと思いますが、文芸や論文、ニュースというより、
特にブログや私信などの文章を意識して述べます。
文体とは自分の骨格・体質と食べ物の関係に似ている。
私たちは、これまで食べてきたものが自分を形づくっており、食べているものが自分を形づくっていく。
好みやアレルギーなどのファクターを通じて。
まあこれは飽食な日本で生まれ育ったからこそ考え得ることなのだけど。
人は好きな文章・素敵だと思う文章に出会えば、どんどんもっと好きな文章・素敵な文章を読みたくなり、自分の書くテキストに影響を及ぼす。
他人の文章を読んで・自分で文書を書いて・自分の文章を読みかえして・他人の文章を読んで…のサイクルは、文章が上手くなりたいと願う誰もが直観し、実行している(もしくは、周りの文章好きに訊けばすぐにこのサイクルを教えてもらえるだろう)。
そんなわけで話を戻すと、読んできた文章は食べてきた食べ物、こういう風に書けたらという文章は
これから食べる食べ物に喩えられる。
なりたい文体が書けるかというとそう単純な話ではなくて、好みとかアレルギーが絡む。
読む・書くのサイクルに好奇心、自分の性格、思考の癖、さまざまなバイアス(無知や偏見、どうしても数字の書いてある文章は受け付けないとか)とが混ざり合う。こうして本意であれ不本意であれ、自分にフィットする文体ができあがっていく。
それがオリジナリティ…じゃなくて、あなたオリジナルな文体。
オリジナリティは、最初からあなたの中にある。
外部/内面にある既存の何か、あなたが文字を打ち込んでいくこの瞬間に生まれる何かが、あなたのオリジナリティをつくって、現してくれる。
もちろん、生きている限り人間は食べ続ける(赤ちゃんはミルクを飲む、病気などで栄養を補給する状態になる、などの例外はあるが)ように、生きている限り、読む行為・書く行為は続くし、読む物も好奇心のありようも、書くためのツールだって変わっていくことでしょう。
また、アレルギー体質とやや違って、考え方の癖や好奇心のありようは変わったりもします。
オリジナリティをアウトプットする精度も、訓練によって上がっていきます。
こういう文体で悩んでいます、という方に、私はこう書いたら?とアドバイスできますが、
それは別の機会に。
ちなみに、文章が上手…というか文章が上手でネット上の空気の流れを読む・作るのが得意な人は、
とっくに「釣る」「ネタ」「煽る」「disる」など際にいろんな文体を使い分けているのですが、
彼らは”食べるのが好きな料理人”というイメージかな。
一流シェフだったり、創作料理の板前だったり、さまざまですが。
補注:「文体」の意味は
1. 文章のスタイル。語彙・語法・修辞など、いかにもその作者らしい文章表現上の特色。
2. 文章の様式
となり、当記事では1.について述べました。
(広辞苑 第六版より)