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昨日、twitterで文章を書く上での文体について知人とpostのやりとりがあったので、ここに私の考えを書きます。
※文章全般にも言える話だと思いますが、文芸や論文、ニュースというより、
特にブログや私信などの文章を意識して述べます。
文体とは自分の骨格・体質と食べ物の関係に似ている。
私たちは、これまで食べてきたものが自分を形づくっており、食べているものが自分を形づくっていく。
好みやアレルギーなどのファクターを通じて。
まあこれは飽食な日本で生まれ育ったからこそ考え得ることなのだけど。
人は好きな文章・素敵だと思う文章に出会えば、どんどんもっと好きな文章・素敵な文章を読みたくなり、自分の書くテキストに影響を及ぼす。
他人の文章を読んで・自分で文書を書いて・自分の文章を読みかえして・他人の文章を読んで…のサイクルは、文章が上手くなりたいと願う誰もが直観し、実行している(もしくは、周りの文章好きに訊けばすぐにこのサイクルを教えてもらえるだろう)。
そんなわけで話を戻すと、読んできた文章は食べてきた食べ物、こういう風に書けたらという文章は
これから食べる食べ物に喩えられる。
なりたい文体が書けるかというとそう単純な話ではなくて、好みとかアレルギーが絡む。
読む・書くのサイクルに好奇心、自分の性格、思考の癖、さまざまなバイアス(無知や偏見、どうしても数字の書いてある文章は受け付けないとか)とが混ざり合う。こうして本意であれ不本意であれ、自分にフィットする文体ができあがっていく。
それがオリジナリティ…じゃなくて、あなたオリジナルな文体。
オリジナリティは、最初からあなたの中にある。
外部/内面にある既存の何か、あなたが文字を打ち込んでいくこの瞬間に生まれる何かが、あなたのオリジナリティをつくって、現してくれる。
もちろん、生きている限り人間は食べ続ける(赤ちゃんはミルクを飲む、病気などで栄養を補給する状態になる、などの例外はあるが)ように、生きている限り、読む行為・書く行為は続くし、読む物も好奇心のありようも、書くためのツールだって変わっていくことでしょう。
また、アレルギー体質とやや違って、考え方の癖や好奇心のありようは変わったりもします。
オリジナリティをアウトプットする精度も、訓練によって上がっていきます。
こういう文体で悩んでいます、という方に、私はこう書いたら?とアドバイスできますが、
それは別の機会に。
ちなみに、文章が上手…というか文章が上手でネット上の空気の流れを読む・作るのが得意な人は、
とっくに「釣る」「ネタ」「煽る」「disる」など際にいろんな文体を使い分けているのですが、
彼らは”食べるのが好きな料理人”というイメージかな。
一流シェフだったり、創作料理の板前だったり、さまざまですが。
補注:「文体」の意味は
1. 文章のスタイル。語彙・語法・修辞など、いかにもその作者らしい文章表現上の特色。
2. 文章の様式
となり、当記事では1.について述べました。
(広辞苑 第六版より)